Recherche avancée

ルクセンブルク大使館 > 二国間関係 > 外交関係 >

外交関係

ルクセンブルクと日本の外交関係が正式に始まったのは1927年のことです。以来、両国の関係は幅広い分野で発展を遂げてきました。ルクセンブルクは1987年に日本に大使館を設置し、両国の関係強化に務めています。一方、長年駐ベルギー日本大使にルクセンブルク大使を兼任させていた日本も、1996年に大使館を設置し、岩崎充彦大使が初の駐ルクセンブルク日本大使となりました。

1997年後半の6ヶ月間、ルクセンブルクは欧州連合(EU)の議長国を担当しました。当時の欧州連合の主な課題は通貨統合推進とEU拡大でした。ルクセンブルクは統一通貨ユーロ導入の推進派で、マーストリヒト条約に定められた通貨統合参加条件をいち早く満たしたことで知られています。議長国担当に先駆け1997年 4月にジャン=クロード・ユンカー首相がゲベルス経済相、デルヴォー郵政相を率いて来日し、橋本首相、池田外相、三塚蔵相らと会談し意見交換を行いました。日本政府の欧州に対する高い関心を確認し、ルクセンブルクは日本の国連安保常任理事国参加に賛同する立場を表明しました。

1997年5月には、天皇皇后両陛下が南米訪問の際、ルクセンブルクに立ち寄られました。これは両陛下が皇太子時代にルクセンブルクを訪問されて以来14年ぶりのことです。ご滞在中に両陛下は、大公の居城ヴィアンデン城を訪ね、在ルクセンブルク日本人を招いたレセプションに出席されたほか、ルクセンブルク市内の大公宮殿で大公夫妻、皇太子夫妻、ユンカー首相、ポース外相らと午餐を楽しまれました。

ルクセンブルク大公家と日本の皇室は親密な友好関係を保っています。1979年にはジャン大公、ジョセフィーヌ=シャルロット大公妃が国賓として日本を訪問し、以来昭和天皇と外交関係を超えた信頼関係を築いたと言われています。また、1983年、1987年に国賓として来日したアンリ皇太子は、その後たびたび非公式に来日する親日家として知られています。

1998年の長野オリンピック開会式にはIOC委員であったジャン大公とアンリ皇太子夫妻がそろって出席し、帰国前にはそれぞれ天皇皇后両陛下、皇太子ご夫妻に招待され、親交を深めました。